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クロネコヤマト応援します!【ヤマト運輸元会長・小倉昌男さん】

script_topilog,http://jss.afpbb.com/mbsv/sdata/medianewsdelivery/msnsankei/ameba/js/utf8/110035000/7b2d6b2dba50b1788466afcc9b271cf4_57b7ae128cbfedc33d816b8de48e53b5.js
私はヤマト運輸元会長・小倉昌男さんのお話を知ってから、宅急便や郵便類はクロネコヤマトを利用しています。小倉昌男さんをご存知ない方のために(私も最近知ったばかりなので(^^)、エントリーを集めてみました。
今回「宅急便」という名称はクロネコヤマトの商標登録で、クロネコヤマトしか使えないと知りました。他は「宅配便」と言っているそうです。↑上記記事も使い分けてますね。

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Wiki「小倉昌男」より
小倉 昌男(おぐら まさお、1924年12月13日 - 2005年6月30日)は、日本の実業家。東京都出身。
ヤマト運輸の『クロネコヤマトの宅急便』の生みの親である。
来歴・人物
1971年、康臣の後を継いで社長に就任した。
1976年、オイルショック後に低迷していた大和運輸の業績回復のため、『宅急便』の名称で民間初の個人向け小口貨物配送サービスを始めた。
サービス開始当時は関東地方のみだったが、その後、配送網を全国に拡大し、ヤマト運輸(1982年に商号変更)が中小の会社から売上高一兆円の大手運輸会社に発展する基礎を築く。1987年、会長に就任。
宅配便の規制緩和を巡り、ヤマト運輸が旧運輸省(現・国土交通省)、旧郵政省(現・日本郵政グループ)と対立した際、企業のトップとして先頭に立ち、官僚を相手に時には過激なまでの意見交換をした。
理不尽な要求に毅然として立ち向かう様子は一貫しており、1979年には創業以来の取引先である三越が、岡田茂社長の就任以後運送費の大幅引き下げ・映画チケットの大量購入など理不尽な要求を繰り返す様子に耐えかね、同社に対し取引停止を通告したこともある(詳しくは三越事件を参照)。
この様子は両社のシンボルマークに引っ掛けて「ネコがライオンにかみついた」として話題となった。

一方、1974年から1984年まで旧建設省(現・国土交通省)の道路審議会の委員、1985年から1996年まで道路審議会基本政策専門委員を務めた。陸運業であることから、採算性が疑われる高速道路の建設を推進したが、後に日経ビジネス誌にて自らを「国賊」と反省の弁を述べている。

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起業家人名図鑑より
小倉昌男:『デメリットのあるところにビジネスのチャンスがある』

小倉昌男氏プロフィール
小倉 昌男(おぐら まさお、1924年12月13日生まれ) は、東京都出身。ヤマト運輸の『宅急便』サービスの生みの親である。

1947年 東京大学経済学部卒業
1948年 父・小倉康臣が経営する大和運輸(現・ヤマト運輸)に入社。
1971年 康臣の後を継いで社長に就任した。
1976年 オイルショック後に低迷していた大和運輸の業績回復のため、『宅急便』の名称で民間初の個人向け小口貨物配送サービスを始めた。サービス開始当時は関東地方のみだったが、その後、配送網を全国に拡大し、ヤマト運輸が中小の会社から売上高一兆円の大手運輸会社に発展する基礎を築く。
1987年 会長に就任。宅配便の規制緩和を巡り、旧運輸省(現・国土交通省)、旧郵政省(現・日本郵政公社)と対立した。
1995年 会長を退任後は、障害者が自立して働く場所作りに取り組んでいた。また、「郵政民営化」を唱えた小泉純一郎首相との親交でも知られていた。
2005年 6月30日、アメリカ・ロサンゼルスの長女宅で逝去。

小倉昌男氏の格言
・「まず、志を高く持ちなさいということを言いたい。
志の低い人は、ダメです。また人間的にも優れていないといけない。人格・品格の無い人に起業は無理です。
限りのある短い人生なんだから、品格高く、志も高く生きて欲しい。

ベンチャーで成功するしないは、大したことではありません。成功して得られるお金なんて儚いものです。
それよりも、成功するために必死に勉強したり、努力したりすることの方が大事。
だから、若い人は高い志を持って、一生懸命に努力してほしい。」
・デメリットのあるところにビジネスのチャンスがある。
・サービスが先、利益は後。
・経営とは考えることである。でも考えても分からないことがある。その時はやってみる。やってみれば分かることが多い。そうして試行錯誤しながら前進する。やれば分かる-私が経営者として体得したことの一つである。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

【時代のリーダー】小倉昌男・ヤマト運輸会長
“聖戦”を挑むイノベーター 鋭利な論理と倫理が霞が関の権益を揺るがす
毎朝7時、小倉は玲子夫人と連れだって自ら運転する自動車で東京・港区青山の自宅を出る。
麻布にあるカトリック教会の早朝ミサに出席するためだ。礼拝堂にひざまずき、30分間静かにいのる。

「今日も悪いことはけっしてしません、と誓って出てくるんですよ」と少しはにかむが、小倉にとって1日でもっとも穏やかな時間である。
同時に、延々と続いている霞が関官僚との規制緩和をめぐる戦いを前にした、おごそかな儀式でもあるのだ。

小倉の非論理的なものに向けられる妥協なしの鋭い攻撃は、官僚に対してだけではない。
ビジネス、社会全般、先輩、友人すら例外としない。
自ら「狷介(けんかい)」という頑固な性格に、異端審問官のような激しさが加わる。

理不尽なお上に挑むのは、クリスチャンの小倉には“正義の戦い”なのだ。

運輸省の天敵が行革審に
9月末、運輸省はトラック事業の規制緩和措置を発表した。
事業参入での免許制の廃止、路線と区域など営業区分の廃止、運賃認可制を届出制にするなど盛りだくさん。昭和26年に制定された通運事業法まで廃止することが決まった。

記者クラブで説明した大塚秀夫貨物流通局長が「こんな抜本的な運輸関連法の改正は、戦後初めて」と意気込むのもわかる。
同省にとって、規制緩和に反対決議している全日本トラック協会(会長加藤六月氏)など業界を押し切っての初の英断でもあったからだ。

実はこの発表は10月に予定されていたのが、繰り上がった。無理やり発表を強いられたと言ってもいい。

この前日に新行革審で運輸省関連のヒアリングが行われ、規制緩和に対し何らかの具体案をださざるをえなかったのだ。その行革審のメンバーに運輸省の天敵ともいうべき小倉が入っている

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ベンチャー通信webより
「宅急便」の生みの親 ヤマト運輸株式会社 元会長 小倉昌男
今や私たちの生活に欠かせない宅急便。その宅急便を創始したのが小倉昌男だ。
父の創業した大和運輸(現ヤマト運輸)が経営危機にさらされた時、小倉は宅急便を考案した。
宅急便のスタートには、役員が全員反対。しかし、小倉は「宅急便は絶対に儲かる」と確信していた。
そして自分の信念を貫き通した。
その後、宅急便の評判は全国に広がり、ヤマト運輸は奇跡的に立ち直る。驚異の復活劇を成し遂げた小倉昌男。
小倉昌男とは、一体どんな人物なのだろうか。

―その後、父親の会社であるヤマト運輸に入社されてどうでしたか。
小倉:運輸業には非近代的部分があって、なかなか近代的経営に発展しません。それをどうしたらいいか一生懸命考えていました。
まずは、お金も大事だけど人も大事だと考え、人を管理する勉強を一生懸命しました。
そこで出てきたのが賃金制度。働くモチベーションは非常に大切で、それを働く人にどう持ってもらうかが経営管理の一つの大きな柱です。それを具体的に示すのが賃金制度なんですよね。
賃金レベルが高いかどうかということと、人事評価がフェアであるかどうかが大切なんです。
そういう賃金についてのことをいろんな本で勉強しました。

また、父は古いタイプの経営者で、ああいう経営者にはなりたくないと思っていました。いわば、反面教師ですね。
古いタイプの経営者は、理論よりも感覚を重視しますが、感覚を頼りにする経営は危ないんです。
やはり、データをちゃんと分析して社員に説明できるようにしないといけません。

―小倉さんの経営哲学はどのようなものなのでしょうか。
小倉:常に消費者の側に立ち、生産者中心の考え方はやめなさい、ということです。
消費者中心の企業経営が大切です。消費者に支持されない企業は間違いなく潰れます。
消費者に支持されるということを企業理念に掲げる会社、今の言葉で言えばCS(コンシューマーサティスファクション)経営をしている会社は、やはり成功してますよね。

―ヤマト福祉財団の事業についてお聞かせください。
小倉:障害者の福祉の仕事をしています。日本の障害者は恵まれない状況にあります。仕事も働き場も無い。したがって収入が無い。本当に月給1万円の世界です。

だから障害者手当てが支給されるわけですが、お金があれば幸せか?というとそうではありません。
みなさんも毎日が日曜日だと苦痛でしょう。人間には働きたいという基本的欲望があります。
お金も欲しいけど、働くことによって自分の創造性が発揮できるんです。
生きがいは、やはり働く場でしか達成できません。
私は、働く能力はあってもそれを発揮する場がないという障害者に働く場を作ってあげたいんです。
つまり、ノーマライゼーションの世界にしたい。障害があろうとなかろうと関係なく「働く権利」を発揮できるような社会的仕組み、それがノーマライゼーションです。

世間では、「障害者が作ったから買って下さい」というのがよくありますが、それは逆に差別だと思います
べつに障害者であることを言う必要もない。障害者が働いていることを誰も気にしない世界を作りたいんです。
ところが、健常者が障害者に対して偏見を持っているからノーマライゼーションが進まない。
障害者の能力が低いとか働く意欲がないといった偏見が多いんです。
そんな誤解は初等教育の段階で無くさなければなりません。
私はもう78歳で耳と足が悪いので、本当に障害者の一歩手前です。
自分がそういう状態だから、障害者の気持ちがよく分かるんです。
私の第二の人生は経営の世界ではなく、障害者の世界で過ごすつもりです。

―今の日本の状況をどう思われますか。
小倉:困ったもんです。このまま行くと日本は危ないと思います
日本は生産面で非常に遅れをとっています。
かつて日本は技術力が進んでおり、しかもそれを支える人口や安い労働力もありました。
しかし、その構図ががらっと変わって、すべて東南アジアに持っていかれてしまった。
東南アジアの技術力は日本よりも優れているものも多いし、人口も圧倒的に多くて労働力も安い。
これではまともに競争できません。

そのため日本はITのような高付加価値産業を中心に競争しなければならなくなります。
IT分野で日本はやっとアメリカに追いついたばかりですが、まだまだ挽回できる余地もあると思います。
しかし、まずは役人が作った多くの規制を無くさないといけない。不必要な規制があるとうまくいきません。
私も宅急便を始めるにあたって規制と対決しなければなりませんでした。
そこで分かったのが、規制は役人のためにあるということです。役人が規制を作って、自分たちの都合のいいように使っている。
日本を良くするためには、この現状を変えなければいけません。これからは役人主導を改めて民間主導でいかなければならないと思います。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

経営者は何によって記憶されるか――追悼・小倉昌男(2005/07/01)
著作権侵害は承知のうえで、今日の午後1時に受け取った、彼女が小倉氏追悼によせて書いたFVPのメールマガジンを引用させてもらう。
この文章は、かの人の理想を実現するために自分の人生をなげうつという決断をした人間だけに書ける言葉だと思う。読むたびに涙があふれてくる。
これ以上の心揺さぶる言葉は、世の中に存在しないだろう。
そして、小倉氏がそれによって世の人々に記憶されるであろう「志」が何だったかも、その中に刻み込まれているに違いない。以下、大塚由紀子氏による小倉昌男哀悼の辞。

1万円脱出なんて、そんなみみっちいことはお止めなさいよ!
やっぱりねえ。きちんと会社にして障害者を雇用して給料10万円払うっていうのがいいと思うのよ。
ベンチャーだよ。これからは。
作業所うんぬんじゃなくてベンチャーでおやんなさい。

小倉昌男前ヤマト福祉財団理事長のお言葉を今もはっきりと覚えています。
これは2003年の3月、「障害者賃金1万円からの脱却経営塾」を始めたいとご相談に伺ったときのこと。
これは今、福祉起業家経営塾と名づけられ、FVPのサービスとなって存在しています。

「福祉ベンチャーパートナーズ」の社名は小倉さんに頂いたようなものです。
小倉さんとのご縁がなければ、小倉さんの「ベンチャーでおやんなさい」というお言葉がなければ
今日のFVPは、福祉起業家経営塾はありませんでした。

大変だよね。
でもやりがいがあるよ。
とても大切な仕事だよ。
がんばっておやんなさい。
お客様に喜んでいただくこと。
それが一番大切なんだよ。

基本は自分がしてもらいたいことを相手にもしてあげることなんだよ。
相手の立場になって考えるんだよ。
経営でも人生でも同じなんだよ。

再来週に福祉起業家経営塾の第2期が開講します。
障害者に10万円の月給を払える経営者をたくさん世に出していくこと。
これを、私自身、そしてFVPの使命として取り組んでいく。
何が何でも障害のある人の働く場作りを進めていく。
小倉昌男さんの訃報に接し、「福祉に経営の視点を」とおっしゃられた小倉さんの願いを改めて確認しました。
しっかりしっかり受け継いでいこうと思います。
FVPは、小倉イズムをひとつも曲げることなく、正しいことを正しく進めていこうと思います。

宅急便を作った方。
官と闘った経営者。
私財を投じて福祉改革に取り組んだ方。
すべて小倉さんです。

どんな方にも等しく優しいまなざしをお向けになる小倉さん。
ジャガイモと北海道が大好きな小倉さん。
日本酒をこよなく愛し、
時折、少年のようなはにかんだ表情をお見せになる小倉さん。
福祉起業家の経営するお店で、一緒にお酒を飲む日を楽しみにしていらした小倉さん。

ご冥福をお祈りいたします。
合掌。

大塚由紀子

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

小倉昌男氏死去(2005年 07月 01日)
昨日のこと。3ケ月前に著書に感銘を受けたばかりだったのに。以下、今朝の日経の評伝のコピー。

「小倉昌男氏は純粋さと高い志を持ち、前人未到の領域を切り開き続けた。生涯で二つ、国民生活にかかわりの深い”常識”を打ち破っている。赤字必至といわれた『宅急便』事業と、障害者に月給10万円以上を払う福祉経営だ。
宅急便事業を始めたのは1967年1月。長距離・大量輸送が主流の陸運業界で、家庭の荷物を扱うこと自体が非常識だった。初日の取り扱いはわずかに11個。だが小倉氏は『家庭の主婦が必ず支持してくれる』との信念を崩さなかった。
顧客の視点に徹して『クール宅急便』などのサービスを次々に編み出した。同業他社も追随し、宅配便は国民のインフラに育っていく。
官僚と真っ向から対決したことでも知られる。1986年には、路線免許申請を5年も放置した運輸省(現国土交通省)に業を煮やし、当時の橋本龍太郎運輸相を提訴、免許を勝ち取った。権力をかさに着る官僚を侍に見立て『二本差し(侍)が怖くて、おでんが食えるか』と江戸の町人気質を発揮した。
第二の人生では、時価で約46億円のヤマト運輸株を寄付してヤマト福祉財団を設立。障害者が働く共同作業所を視察し、月給が平均1万円の現実を知る。『この豊かな日本で絶対に許せない』と憤り、福祉施設の経営改革に乗り出した。
その一つとして、焼きたてパンのチェーン店を展開し、障害者に健常者と一緒に働ける場を提供した。福祉関係者に『夢のような話』と言われた月給10万円も実現させた。『保護ではなく、自立を支援するのがノーマライゼーション(等しく生きる社会の実現)』という哲学を貫き通した。私生活では『真心と思いやり』を大切にする紳士だった。入社直後、結核で闘病生活を余儀なくされ、駆け落ちを誓った恋人も去った。絶望のふちで信仰に目覚め、クリスチャンとなる。神に生かされている恵みをかみしめながら、人のためにと高い目標に挑み続けるロマンチストだった。(塩田宏之編集委員)」

同氏の遺志を継いだという人の話をR30さんが書いてた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

【訃報】「ミスター規制緩和」ヤマト運輸元社長・小倉昌男氏逝く~享年80歳~(2005-07-01)

宅急便の生みの親 小倉昌男氏死去

クロネコヤマトの宅急便 逝く(2005年06月30日23:08)
宅急便生みの親逝去(June 30, 2005)
消費者の顔の裏と表(2005.06.30)

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小倉昌男氏の著書
小倉昌男 経営学/小倉 昌男
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経営はロマンだ! 私の履歴書・小倉昌男 (日経ビジネス人文庫)/小倉 昌男
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「なんでだろう」から仕事は始まる!/小倉 昌男
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クロネコヤマトで私がよく利用するサービス(送り状作成・クロネコメール便)です。
実家は超~田舎というお話をしましたが、以前は両親から「ゆうパック」や「速達」などで郵便物が届いていましたが、最近は宅急便や、クロネコメール便で届くようになりました。
よく手紙をいろんな方へ出す父は、クロネコメール便の安さ&+100円で速達サービスに出来る事が気に入っているようです。郵便だと速達料金+270円~だそうです。

ヤマト運輸HP
送り状を作成する
自宅のプリンタで今すぐ作成

クロネコメール便
サービス内容
◎A4サイズのチラシやパンフレットを全国一律80円の価格からお預かりします。
お急ぎの方には、クロネコメール便の運賃にプラス100円で翌日にお届けする、クロネコメール便速達サービス※をご用意しております。
※ クロネコメール便速達サービスは目安として、600km圏内は翌日、600km圏以上は翌々日のお届けとなります。またこちらのサービスは一部地域を除いたサービスとさせていただきます。

集荷も再配達もインターネットから出来ます。
集荷受付ご案内
再配達受付ご案内




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みおさんの一日も早い病気回復をお祈りします。
皆様からも暖かい応援&祈りをどうぞよろしくお願い致します。
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| 愛国☆ | 2010-07-27 | comments:0 | EDIT | TOP↑

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